みなさんこんにちは! アニメや映画などのレビューを行っている旅狼のレビュー小屋です!
今回お届けするのは、『閃光のハサウェイ キルケーの魔女』挿入歌『CIRCE』の歌詞考察です。
前回は『ENDROLL』を取り上げました。ハサウェイとケリアの曲でしたね。今回はもう一曲のほう、SennaRinさんが歌う『CIRCE』です。
劇中でこの歌が流れたときは、急に始まったギギ・フィーチャーの瞬間でちょっとワクワクしたことを今でもおぼ言えています。まさに”映画らしい”ギギの深掘りの仕方でしたし、ギギの魅力を存分に表現した演出だと感じたからです。『キルケーの魔女』という副題が明確に意味を持ったものだと、この音楽から伝えてくれていたように感じます。
そんな『CIRCE』について僕なりに考察をしてみましたので、ぜひ最後までお楽しみいただければと思います!
※この記事は、『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』を観た方に向けて書いています。本編の内容に最初から触れますので、ネタバレされたくないという方はぜひ本編を見てから戻ってきてください!
この曲は、映画と同じ名前をしている
まず、当たり前すぎて逆に見落としてしまいそうなこと。
『CIRCE』は、この映画のタイトルそのもの!
「CIRCE」がパッと見「キルケー」と読めないのでわかりにくいですが(英語読みだと「サーシー」ですね)、この曲は映画のタイトル『キルケーの魔女』そのものを指しているのです。
『ENDROLL』のほうは、映画のタイトルとは無関係な名前でした。けれどこちらは、映画の看板と同じ言葉を背負っています。
挿入歌が2曲あって、片方だけがタイトルと同じ名前を持っている。だとすれば、この曲を読むことは、そのまま映画のタイトルを読むことになるはずです。
キルケーは、男を豚に変える魔女
ということで、まずはキルケーが登場するギリシア神話からおさらい。
キルケーは、ホメロスの『オデュッセイア』に出てくる魔女。FGOでもお馴染み、キュケオーンを振る舞ってくれるおねいさんですね。アイアイエー島に住んでいて、島に流れ着いたオデュッセウスの部下たちに酒を飲ませ、豚に変えてしまいます。

ただ、オデュッセウス本人だけはヘルメスから授かった薬草のおかげで魔法を免れ、仲間を人間に戻すようキルケーに迫ることになります。
ここまでが、たいていの人が知っている「キルケー」だと思います。人を惑わせ、姿を変えてしまう、恐ろしい魔女。
けれどキルケーは、帰るはずの男を引き止めた女でもある
でも、話には続きがあります。
魔法を解いたあと、オデュッセウスはそのまま島を発つのかというと、そうではありません。彼はキルケーのもとに、一年ものあいだ留まります。
そもそも『オデュッセイア』は、トロイア戦争後、オデュッセウスたちが故郷イタケーへ帰る物語です。妻と息子のもとへ帰るために、十年もの歳月をかけて海をさまようお話です。
その帰り道の途中で、彼は一年も立ち止まった。
つまりキルケーとは、ただ害をなす存在ではない。
「帰るべき場所へ帰ろうとしている男を、その途中で立ち止まらせてしまう存在」とも言えるのです。
外から見たギギは、たしかに魔女だった

サブタイトルの『キルケーの魔女』は、ヒロインのギギ・アンダルシアのこと。
おそらく、これは誰がどう考えてもわかることでしょう。第1部でケネスが自分の部隊を「キルケー部隊」と名付けた際、ギギのことをキルケーだとはっきり話していますし。
実際、ギギは魔女キルケーのような女性です。ハサウェイも、ケネスも、ギギと出会ってから揺らいでいく。
ハサウェイについて語ると、彼はマフティーのリーダーとして帰るべき場所を持っている人間です。というより、「もうここに帰るしかない」と自分で選んでしまった人間ですよね。そこへ、ギギが現れる。
『ENDROLL』の回で書いたとおり、公式はこう説明しています。
ギギとの出会いをきっかけに、ハサウェイとケリアの関係に綻びが生じていく。
キルケーが遅らせたのは、オデュッセウスの帰還でした。
ギギが遅らせたのは、ハサウェイの「一人の青年としての人生」への帰還だったのかもしれません。
ギギは、人を変えるのではなく、隠していたものを表に出す人間
ただ、キルケーとギギでは、少し違うところもある気がしています。
キルケーは人間を豚に変えました。でも、ギギは誰かを別のものに変えているわけではないのです。
ギギの前に立った人間は、隠していたものを隠しきれなくなる。
ハサウェイの理想。ケネスの執着。周りの大人たちの欲望や、見栄や、逃げられなさ。ギギ本人が何かを壊しにいくというより、彼女がそこにいるだけで、周囲の人間の正体が出てきてしまう。
ハサウェイ対しては、第1部のハウンゼンから降りた後の空港でのシーン。ギギはここでハサウェイが本物のマフティーだと見抜きます。以降ハサウェイは、彼女に対して『一人の青年』として接さざるを得なくなる場面がとても多い。
ケネスについては、第2部の空港へ見送るシーン。ギギとの会話でケネス自身が自己分析をして、ある種の納得を得るシーンがあります。
……と、ここまでが「外から見たギギ」です。
そして『CIRCE』という曲は、ここから先が本題なのです。
魔法にかかっているのは、ギギのほうだ

「魔法がなくなる前に」を恐れているのは、誰なのか
魔法がなくなる前に
この一行、よく考えると不思議なのです。
キルケーというのは、本来、魔法をかける側の存在のはずですよね。人を惑わせ、姿を変えてしまう魔女。
なのにこの歌の語り手は、魔法がなくなることを怖がっている。
ということは、ここで歌われている魔法は、ギギが誰かにかける魔法のことではないのだと思います。
ハサウェイと出会ってしまったこと。気になってしまったこと。もっと知りたいと思ってしまったこと。
それまでの自分になかった感情そのものが、ギギにとっての「魔法」なのではないでしょうか。
しかも、その魔法が永遠ではないことを、彼女は最初から分かっている。だから消える前に、その正体を確かめたい。
これは「ずっと一緒にいたい」という恋の言葉とは、少し違う気がします。
作詞したSennaRinさん自身が、そう語っている
ここは想像で言っているわけではありません。作詞を担当したSennaRinさんが、かなりはっきり話しています。
Febriのインタビューでは、ギギについて、
一般的な女の子とはまったく異なる人生を歩んでいて、軍が欲しがるほどの鋭い洞察力を持っている人物だと捉えたうえで、そんなギギの中にハサウェイを「知りたい」という人間らしい気持ちが湧いてくる、そこに歌詞のフォーカスを当てた
と語っています。
歌い方についても、
ギギは大人っぽく見える一方で言動がそこに追いついていない面があるので、ところどころに幼さを感じてもらえるようにと考えた
とのこと。
ハサウェイに想いを伝える場面は明確にはないけれど、それでもハサウェイのことを考えていて知りたいと思っている、その不安定さを歌詞にした
と話しています。
つまり『CIRCE』は、ギギを外側から描いた曲ではないのです。
『魔女と呼ばれた少女の、内側に入った曲』と言えるのです。
人のことは分かるのに、自分のことだけ分からない
ギギというキャラクターの面白さは、人を見る力が異常に鋭いところですよね。
相手の嘘や迷いを見抜く。この先に起きることすら、予感しているように見える。
ところが『CIRCE』の中のギギは、自分の感情になると急に分からなくなる。
好きなのか。執着なのか。ただの興味なのか。
他人を見抜けるのに、ハサウェイに惹かれている自分だけは見抜けない。
いやはや、、、他人の仮面を剥がしてきた少女が、自分の仮面だけは外せないでいる。この「分からなさ」が、歌詞全体を動かしているように感じます。
そして終盤、「青」が出てくる
終盤になると、感情は抑えられなくなっていく。そこで象徴的に出てくるのが、「青」です。
溢れ爆ぜてしまいそうな青
もっと身勝手に触れたくて痛いよ
抱きしめてて沈めば
青という色は、いろいろな意味を持てます。空、海、冷たさ、悲しさ……。ここだけ取り出すと、正直どうとでも読めてしまう。
ただ、この曲に限っては、日本語の「青い」のほうが近い気がしています。
青二才の、青。
未熟さ。若さ。自分の感情を扱いきれない危うさ。
そう考えると、さきほどのSennaRinさんの発言とまっすぐつながるのですよね。「ギギは大人っぽく見えるけれど言動がそこに追いついていない、だから歌にところどころ幼さを残した」という話です。
普段のギギは、大人びています。人を見る目も鋭いし、他人の心に踏み込むことにも躊躇がない。
でも、ハサウェイのことになると揺らぐ。自分でも持て余すほど感情が膨らんでしまう。
その瞬間だけ、彼女は「謎めいた少女ギギ・アンダルシア」ではなく、誰かを好きになりかけているだけの女の子に戻っている。
だとすると『CIRCE』は、魔女の歌でありながら、同時に魔女ではいられなくなっていく少女の歌でもあるのかなって思います。そう思うと、抑えきれない感情の表現も何となくわかりますよね…!
ケネスとの対比も面白い
そしてもう一つ。この読みを裏づけていると思っているのが、ケネスとの違いです。
ギギは、ケネスとメイスの関係のほうはガッツリ壊しにかかっていますよね(ケネスのためを思って、とはいえ)。同じ「魔女」としての振る舞いなのに、ハサウェイに対するものとはまるで質が違う。
ケネスとはどこか大人の駆け引きめいた楽しみ方をしているのに対し、ハサウェイとは年相応の、どこかウブな恋愛とも言える心の揺れ動きを感じているのではないか、と。
同じギギが、相手によってまったく違う顔をしている。 ハサウェイの前でだけ「青く」なってしまうというのは、そういうことなのかもしれません。
曲は明るいのに、歌詞は怖がっている
ここで、もう一つ面白い事実があります。
澤野弘之さんのインタビューによると、そもそも制作側からのオーダーが、
ギギの日常シーンでポップな挿入歌が一つ、ハサウェイ絡みの切ないシーンでバラードが一つ
だったそうです。
そして『CIRCE』のほうが、ギギの日常シーンで流れる、洋楽のようなポップさと跳ねたリズムを持つ曲だと。
言われてみれば、その通りなのですよね。この曲、曲調は明るいです。流れたシーンも、なんとなく、ギギの女性としての魅力だけでなく、まだまだ少女としての部分が残る”楽しさ”を見せるような演出だった気もします。
けれど歌詞のほうは、魔法が消えることを怖がっている。自分の感情の正体が分からずに揺れている。
曲調と歌詞が、まったく違う方向を向いている。
これ、そのままギギではないでしょうか。日常の彼女は明るくて、掴みどころがなくて、大人びていて。でも内側では、自分でも扱いきれない感情が動いている。
こうして考察してみて改めて聞いてみると、なんだかすごく切ない気持ちになるの、僕だけでしょうか……。笑
正しさを外れた場所へ行くのは、ギギもハサウェイも同じ

歌詞には、正しい道を外れることを肯定するような一節が出てきます。
正解を迂回した世界
正しい道ではない。模範解答でもない。たぶん健全な選択でもない。
でも、そこにしか見えないものがある。
ものすごく『閃光のハサウェイ』らしい、『ガンダム』らしい表現な気がします。
ハサウェイもギギも、「普通の人生」からかなり遠いところにいる。
反地球連邦政府運動マフティーを率いるハサウェイ。
伯爵のもとで暮らしながら、自分の居場所を転々としていくギギ。
そもそも、この2人が出会って惹かれ合うこと自体、どこか正常な道筋から外れている。
それでも、そちらへ行ってしまう。
ギギの側から読めば、「正解」を求めているのではなくなっているのだと思います。おそらくここでの「正解」は、ここまで彼女が歩いてきた人生の延長線上にいることでしょう。
正しいかどうかではない。自分が惹かれてしまった以上、その感情の先を知りたい。
まさに、「先が読める少女が、自分でも読めない場所へ入っていく」という話になります。洞察によって未来を予感してきた人間が、初めて予測できない側に回っているわけです。
そして、ハサウェイの物語そのものでもある。
理想は正しい。地球環境を守りたい、人類を正したい、という願いそのものは間違っていない。
けれど、彼が選んだ手段はテロです。正しさから外れた場所へ、自分から歩いていった人間なのです。
正しさから外れた場所でしか見えない本音がある。でも、そこへ行った人間はもう無傷では戻れない。
ギギの曲でありながら、そのままハサウェイの選択の話にもなっている。ここが『CIRCE』の一番怖いけれど、同時に面白いところかなって感じています。
鉄をまとっているのは、誰の心なのか
もう一箇所。歌詞の中に、硬い金属に覆われた心のイメージが出てきます。
鉄を羽織った心が
悴んでしまう前に
他の作品なら「心を鎧で守る」という比喩で終わる話だと思うのです。
けれど『ガンダム』の挿入歌で「鉄」という言葉が出てくると、どうしても「モビルスーツ」を連想してしまいますよね。
面白いのは、ここで鉄をまとっているのが誰なのか、はっきりしないところ。
ハサウェイとも読めます。マフティーという役割を背負い、感情を押し込みながら戦い続ける心。
ギギ自身とも読めます。あの人生を生き抜くために、簡単には傷つかないよう身につけてきたもの。
止まらない感情の名前を
そっと教えて欲しいよ
どちらにせよ大事なのは、鉄の内側にまだ感情があるということです。硬く覆ってしまえば、それは見えなくなる。だからその前に、名前を知りたい。
感情を消したいのではなく、感情に名前をつけてほしい。
ここが、この曲のいちばん優しいところであり、やっぱり切なさも感じるところではないでしょうか。
『CIRCE』のあとに、『ENDROLL』が来る
最後に、2曲を並べてみます。
『ENDROLL』のテーマは不可逆性でした。もう戻れない、届かない、けれど過去に変わっていく。終わるしかないと分かっている瞬間の歌でしたね。
対して『CIRCE』は、まだ何も終わっていません。まだ知りたい、まだ確かめたい。 消えると分かっている魔法の中に、それでも留まろうとしている歌です。
『CIRCE』でギギが魔法にかかり、『ENDROLL』でハサウェイがその代償を見送る。
ギギがハサウェイを知りたいと思ってしまったから、ハサウェイとケリアの関係が終わった。同じ映画の中に置かれた2曲が、そのまま原因と結果になっているとも読めますね。
そして残酷なのは、ギギ本人には、たぶんそのつもりがなかったであろうことなのですよね…。
『CIRCE』歌詞考察 まとめ
ということで今回は、『閃光のハサウェイ キルケーの魔女』の挿入歌『CIRCE』について考察してきました。
『ENDROLL』の考察と比べるとわかりやすいことが多くなってしまった気もしますが、だからこそ、この楽曲の曲調の明るさと歌詞の意味の対比を楽しみやすい気もします。
第3部でギギがどう動くのか。この「知りたい」がどこへ行き着くのか。続きが楽しみです!

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